退職した社員の引き抜き行為は違法? 違法にあたるケースを解説

2023年03月06日
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退職した社員の引き抜き行為は違法? 違法にあたるケースを解説

退職した社員によって引き抜き行為がされた場合には、会社としても放置することはできないでしょう。社員を引き抜かれた側の会社としては、時間をかけて育ててきた大切な人材が引き抜かれてしまうと、当該社員の持つ顧客の流出につながるだけでなく、優秀な社員を失うことにもなります。

このような退職した社員による引き抜き行為は、違法となる可能性もあるため、弁護士に相談したうえでしかるべき対処をしましょう。本コラムでは、退職した社員の引き抜き行為の違法性について、ベリーベスト法律事務所 船橋オフィスの弁護士が解説します。

1、退職した社員が引き抜きを行うのは違法?

まず、退職した社員による引き抜き行為が違法となる場合について解説します。

  1. (1)退職した社員による引き抜き行為の違法性

    退職した社員が同業他社に転職する際や自ら独立開業する際に、前の会社の部下や同僚などの引き抜きを行うケースがあります。
    社員の引き抜きによって優秀な社員を奪われてしまうと、社員の育成にかけたコストが無駄になるだけでなく、取引先との関係でも悪影響が出る可能性があります。
    このような引き抜きがされた場合には、引き抜き行為を行った社員に対して、損害賠償を請求できる可能性があります

    ただし、引き抜き行為のすべてが違法になるというわけではありません。
    労働者には、憲法22条によって職業選択の自由が保障されているため、転職するかどうかは労働者が自由に決めることができます。
    そして、転職や起業後に元の会社の同僚や部下を勧誘するという行為も、基本的には自由に行うことができるのです。
    退職した社員による引き抜き行為が違法となるのは、単なる転職の勧誘の程度を超えて、その方法が社会的相当性を逸脱した場合です

  2. (2)どのような場合に引き抜き行為が違法になるのか?

    以下では、退職した社員による引き抜き行為が違法になる場合と違法にならない場合について説明します。

    ① 引き抜き行為が違法になるケース
    引き抜き行為が違法になるケースとしては、以下のようなものが挙げられます。

    • 大量かつ重要な役職の社員を引き抜いたケース
      在職中の社員は、労働契約上の義務として会社に対して誠実義務を負っています。
      在職中の社員による引き抜き行為については、誠実義務違反になり得る行為ですが、転職の自由が憲法上保障されていることから、そのすべてが違法になるわけではありません。
      しかし、大量の社員の引き抜きが行われたり、会社にとって重要な役職の社員が引き抜かれたりした場合には、会社によって大きな損害を与える行為となります
      このような行為は、社会的相当性を欠く勧誘であるとして、違法になる可能性があります。

    • 引き抜きにあたって営業秘密の持ち出しが行われたケース
      単なる社員の勧誘にとどまらず、会社にとって重要な営業秘密の持ち出しを指示した上で社員の引き抜きが行われることもあります。
      営業秘密の持ち出しは、不正競争防止法によって禁止されている行為になります
      したがって、営業秘密の持ち出しを指示した上での引き抜きは、違法なものと評価される可能性があるのです。

    • 引き抜き禁止の合意があったケース
      退職後の社員は、会社との間には契約関係がないため、在職中の社員のような誠実義務違反を負うことはありません。
      したがって、退職後の引き抜きや勧誘については、原則として違法にはなりません。
      しかし、退職にあたって引き抜き禁止の合意をした場合には、退職後の引き抜き行為は合意違反となります
      そのため、合意を破って引き抜きをした場合には、違法な行為と判断される可能性があります。


    ② 引き抜き行為が違法にはならないケース
    引き抜き行為が違法にならないケースとしては、以下のようなものが挙げられます。

    • 引き抜かれた社員がもともと転職を考えていた
      退職した社員による勧誘があったとしても、引き抜かれた社員がもともと転職を考えており、自主的な判断によって会社を退職したという場合には、引き抜き行為の違法性は認められません。

    • 少数の引き抜きであり、事前に申し出のあったケース
      退職した社員による引き抜きが会社の規模からみて少数の社員の引き抜きにとどまる場合には、引き抜きによる会社の影響はほとんどないでしょう。
      退職日の相当期間前から退職の申し出をしていれば、会社としても人員を補充する時間的な余裕もありますので、このような場合には、引き抜き行為の違法性は認められないのです。

2、過去には引き抜きを巡り裁判が起こったことも

退職した社員による引き抜きは、元の会社と退職社員との間でトラブルが生じやすい問題の一つです。
過去には、引き抜きをめぐって裁判にまで発展したケースあります。
以下では、引き抜き行為の違法性が認められた裁判例(東京地裁平成3年2月25日判決)について紹介します。

【事案の概要】
X社は、英会話教室を経営する会社です。
X社の取締役兼営業本部長であったY2は、X社に対して不満を有していたところ、英語教材を販売する会社であるY1社から移籍の話を持ちかけられたことから、X社の従業員を引き抜いた上で、Y1社へ移籍することにしました。
これに対して、X社は、大量の従業員を引き抜かれたことによって、損害を被ったとして、Y1社およびY2に対して損害賠償を求める訴訟を提起したのです。

【裁判所の判断】
裁判所では、引き抜き行為のうち、単なる転職の勧誘にとどまるものであれば違法とはいえないが、社会的相当性を逸脱するような引き抜き行為であった場合には、違法と評価されるとしました。
その判断基準としては、以下のような事情が挙げられました

  • 転職する従業員が会社で占める地位
  • 会社内部での待遇
  • 引き抜く人数
  • 従業員の転職が会社に与える影響
  • 転職の勧誘に用いた方法(計画性、秘密性、退職時期の予告の有無など)


そして、本件では、以下のような事実を認定したうえ、本件事実関係のもとでは、Y1社およびY2による引き抜き行為は違法な引き抜きにあたると判断しました。

  • Y2は、X社の売り上げの80%を占める業績をあげており、X社の経営上重要な地位を有していた
  • 20人を超える部下の引き抜きを行った
  • Y1社の費用負担で部下を温泉地のホテルに連れ出して2~3時間かけて移籍の説得をした
  • Y2はY1社と事前に計画をしてX社には一切事情を告げていなかった

3、引き抜きをされないために会社が取るべき対応

以下では、退職した社員による引き抜きを防止するための予防策や、実際に引き抜きが起きてしまった際に会社として取るべき対応を解説します。

  1. (1)引き抜きの予防策

    退職した社員による引き抜きが行われてしまうと、会社としても大きな損害を被ってしまいます。
    そのため、まずは引き抜きを防止するための対策が重要です
    退職した社員による引き抜きを防止するためには、以下のような対策が考えられます。

    1. 誓約書の作成
      社員による引き抜き行為を防止する対策としては、社員との間で引き抜き行為の禁止や競業避止義務を課す旨の誓約書を作成するという方法があります。

      ただし、退職時に誓約書に署名を求めても、社員から断られてしまう場合があります。
      そのため、可能であれば入社時に誓約書を作成しておくことをおすすめします

    2. 就業規則への明記
      誓約書を作成する場合には、個々の社員との間で合意を取り付ける必要があります。
      そのため、社員の人数が多い企業では、誓約書の作成という方法では負担になることもあるのです。
      そのような場合には、就業規則に引き抜き行為を禁止する旨明記するという方法が有効です。
      就業規則に明記することによって、雇用している社員すべてに対して引き抜き禁止の効力を及ぼすことができます


    ただし、就業規則の変更による場合には、内容の合理性や社員への周知といった手続きが必要になる点に注意してください。

  2. (2)実際に引き抜きが起きてしまった場合の対応策

    退職した社員によって引き抜き行為が行われてしまった場合には、以下のような対応策を検討しましょう。

    1. 損害賠償請求
      退職した社員による引き抜き行為によって、会社に損害が生じた場合には、退職した社員に対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます。
      ただし、請求することができる損害は、引き抜き行為や競業避止義務違反との間に相当因果関係がある損害に限られます。
      また、因果関係は会社側で立証しなければなりません。

      因果関係の立証は専門知識がないと困難である場合も多いため、専門家である弁護士に相談しながら手続きを進めるようにしましょう

    2. 退職金の減額、不支給、返還請求
      就業規則などにおいて社員の引き抜き行為をしたとき、退職金が減額または不支給になる旨の条項が設けられている場合には、対象となる行為をした社員の退職金を減額または不支給にすることができる可能性があります。
      また、すでに退職金を支払っている場合には、その返還を求めることができる可能性もあるのです。

      ただし、退職金には、これまでの功労に対する報償や賃金の後払い的な性質があります
      全額を不支給にすると不当だと見なされて、労働審判や訴訟などで争われるリスクがある点に注意してください。

4、元社員による引き抜き行為にお困りの場合は弁護士にご相談ください

元社員による引き抜き行為でお困りの場合は、弁護士への相談をご検討ください。

  1. (1)社内ルールの整備

    元社員による引き抜きを防止するためには、誓約書の作成や就業規則の変更など社内ルールを整備することが有効な対策となります。

    弁護士であれば、法的に問題のない誓約書を作成することができます。
    また、労働契約法が定める就業規則の不利益変更のルールにのっとった対応をすることもできます。
    企業の実情に応じた対応策を導入するためにも、企業法務に詳しい弁護士に相談することをおすすめします

  2. (2)引き抜き行為の違法性の判断

    実際に退職した社員による引き抜き行為が行われた場合には、その社員への対応を考えていかなければなりません。
    しかし、引き抜き行為があったとしても、そのすべてが違法であるというわけではないため、具体的な状況に応じて違法性を判断していく必要があります。

    法律に関する知識や法務経験がなければ、違法性の判断を適切に行うことは困難です。
    まずは弁護士に相談して、判断を仰ぐことをご検討ください

  3. (3)元社員との折衝

    退職した社員による引き抜き行為が違法である可能性がある場合には、元社員との間で対応を行っていく必要があります。

    弁護士であれば会社の代理人として元社員との折衝を担当することができます。
    また、交渉が成立せずに労働審判や訴訟に発展した場合にも、専門家として法的な手続きをサポートすることが可能です

5、まとめ

退職した社員によって優秀な人材が引き抜かれてしまった場合には、会社としても大きな損害を被ってしまいます。
引き抜き行為のすべてが違法となるわけではないため、企業としては、まずは実際に引き抜きがされた後の対応よりも引き抜きをされないための予防策が重要となります。
予防策が通じず実際に引き抜き行為が起こってしまった場合には、当該行為の違法性を判断したうえで損害賠償の請求などの措置をとるために、弁護士に相談しましょう。

企業を経営されている方で、退職した社員による引き抜き行為に不安を抱かれている方や実際に引き抜きの被害を受けてしまった方は、ベリーベスト法律事務所までお気軽にご相談ください

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