もし自分が「スラップ訴訟」の被害にあったときの対処方法を解説
- 一般民事
- スラップ訴訟
近年では、SNSなどの発達によって、個人の言論活動が活発になっています。それに伴い、気に入らない相手に対して苦痛を与えるために、必ずしも勝訴することを目的とせずに相手を訴える、いわゆる「スラップ訴訟」も増加する傾向にあります。
普段からSNSなどで言論活動をされている方は、なにかのきっかけでスラップ訴訟に巻き込まれてしまうおそれがあります。スラップ訴訟の概要や対処法について日頃から理解しておくことで、いざという時にも適切な対処が可能になるでしょう。
本コラムでは、スラップ訴訟の被害にあったときの対処法について、ベリーベスト法律事務所 船橋オフィスの弁護士が解説いたします。
1、そもそも「スラップ訴訟」とは?
-
(1)スラップ訴訟とは?
スラップ訴訟が社会問題として注目されるようになったのは、1980年代のアメリカからです。英語では、“Strategic Lawsuit Against Public Participation”の頭文字をとってSLAPPと表記されます。
政府や企業に対して、その活動について公に批判的な意見を表明したり、請願や陳情や提訴を起こしたり、対応を求めて動いた人々の意見表明などに対して、それを止めさせるために威圧したり、または苦痛を与えたりする目的で提起される民事訴訟が、スラップ訴訟と呼ばれます。
スラップ訴訟が提起されようになった背景には、当時のアメリカでは、消費者問題や環境問題に関する市民運動が盛んであったことがあります。
大企業は、これらの市民運動を行っている市民個人やその団体などに対して、言論を封殺したり報復したりする目的で、名誉毀損や業務妨害などを理由に高額の損害賠償請求を多数提起したのです。
このように、スラップ訴訟の問題が注目されるようになった背景には、大企業や政府の機関などの資力や組織力で優位に立つ側が原告となって、意見表明を行った市民や市民団体などを被告として、民事訴訟を提起するという構図がありました。 -
(2)近年の特徴
上述したように、スラップ訴訟が社会問題となった当初には、「大企業」対「市民」といった構図がありました。
しかし、近年では、個人間においてもスラップ訴訟といえるような訴訟提起が増加しています。
通常の民事訴訟であれば、例えば損害賠償請求を行う訴訟は、「賠償金を取得して、損害を回復する」ことを目的として提起されます。
しかし、近年では、自身を批判する都合の悪い意見表明などを行った対立相手に対して、賠償金を取得することを目的にするのではなく、意見表明を撤回させたり威圧や嫌がらせをしたりするといった目的のために、高額な賠償金を請求する民事訴訟を提起する例が登場しているのです。
このように、個人が原告となって提起した、訴訟に勝つことではなく嫌がらせなどを目的とした民事訴訟の提起も、スラップ訴訟と呼ばれるようになっています。
2、日本には「スラップ被害防止法」は存在しない
上述したように、かつてのアメリカでは、消費者問題や環境問題について市民運動を行っている個人や市民団体に対して、その言論を封殺して報復する目的で大企業などが名誉毀損や業務妨害などを理由に高額の損害賠償請求を多数提起することがあり、社会問題となりました。
このような訴訟は、市民や市民団体らの表現の自由に基づく正当な意見表明を萎縮させるものといえます。
このような問題意識から、表現の自由の保障を図るために、こういったスラップ訴訟による被害を防止することを目的とした活動が活発化しました。
その結果として、現在では、アメリカの半数を超える州でスラップ訴訟による人権侵害を防止するための法律が制定されています。
この法律によって、被告は、「自分になされた提訴は、スラップ訴訟である」という申し立てを裁判所に提出することができるようになりました。
そして、裁判所がスラップ訴訟であると認定した場合には、損害賠償などの請求の内容についての審理にはそれ以上進むことなく、訴訟が打ち切られることになるのです。
しかし、日本では、このようなスラップ被害を防止するための法律は、いまだ制定には至っていません。
3、スラップ訴訟が「不法行為」となる場合
日本においても、個人からの報復目的、嫌がらせ目的の訴訟が増えつつあります。
しかし、アメリカのようにスラップ訴訟被害を抑止する法律は、まだ制定されていません。
では、もしスラップ訴訟を提起されて、被告になった場合には、どうすればいいのでしょうか?
実は、「スラップ被害防止法」が存在しない日本であっても、対抗する手段は残されています。
「スラップ訴訟の提起は違法であり、不法行為である」と判断されて、スラップ訴訟を提起された側の被告が、反対に原告に対して損害賠償を請求できる場合があるのです。
-
(1)スラップ訴訟が「不法行為」となる場合
訴訟を提起することは、「裁判を受ける権利」として憲法上保障を受けるので、尊重される必要があります。
しかし、訴えられた側は、いや応なしに訴訟に対応せざるを得ず、精神的・経済的に大きな負担が生じます。
そのため、「不当な目的のある訴訟も、何ら違法とはならないのか?」という議論は、従来よりなされてきたのです。
この問題について、最高裁判所が初めて判断した判例(昭和63年(1988年)1月26日判決)では、下記のように述べられています。
「訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」
つまり、最高裁は、裁判を受ける権利から訴えの提起は原則として正当な行為ではあるもの、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときには、違法であり不法行為が成立する、としているのです。
具体的には、以下の二つの要件を満たす場合には、提訴が違法であり不法行為となり得ます。- ① 提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである場合
- ② 提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起した場合
-
(2)近年の裁判例
近年の裁判例として、東京地裁令和元年(2019年)10月1日判決について紹介します。
(事案の概要)
弁護士Xが、自身のブログで、「Y社から資金提供を持ち掛けられてもそれは詐欺話である。」「事業に実体がない。」などと投稿したことを理由に、Y社が弁護士Xに対して、損害賠償請求訴訟を提起したところ、当該訴訟は請求が認められず、棄却となりました。
そこで、弁護士Xは、Y社が損害賠償請求訴訟を提起したことは、言論を封殺する目的でなされた不当訴訟ないしスラップ訴訟だとして、弁護士XがY社に対して損害賠償請求訴訟を提起したのです。
この事案は、「スラップ訴訟に当たるか否か」の判断が難しい事例といえます。
(判断)
この東京地裁の判決では、先述した昭和63年の最高裁判所の判決が引用されました。
そして、東京地裁はY社の訴訟提起が違法であると判断して、不法行為に当たるものとして損害賠償を認めたのです。
ただし、控訴審では東京地裁による事実の認定が否定されて、原告の請求は認められませんでした。
控訴審でも、判断基準として、昭和63年の最高裁判所の判決が参考にされました。 -
(3)反訴について
もし不当な訴訟またはスラップ訴訟を提起された場合には、「反訴」という方法で対抗することができます。
反訴とは、例えば、A氏がB氏の言動が気に入らなかったために、B氏に対して嫌がらせ目的の損害賠償請求訴訟を提起した場合に、当該訴訟の同一の手続きのなかで、B氏がA氏に反対に損害賠償を訴え返すような場合をいいます。
反訴をせずに、A氏からの損害賠償請求のなかで「A氏の訴訟はスラップ訴訟である」と反論をしても、B氏は自身で損害賠償請求を行っていないので、B氏自身は賠償金を取得できません。
反訴を提起することには、同じA氏から訴えられた訴訟のなかで、損害賠償の請求を行うことができる、というメリットがあるのです。
もちろん、A氏からの損害賠償請求訴訟に対応し、その訴訟が終結してから、別にB氏がA氏に対して訴訟の提起を行うという方法(別訴提起)もあります。
しかし、反訴と異なって別の裁判手続きとなるために、最初のA氏からの損害賠償請求訴訟とB氏による別の損害賠償請求訴訟の間で、裁判所が矛盾した判断をしてしまう可能性があり得ます
したがって、もしスラップ訴訟を提起されてしまった場合には、まずは反訴を検討することをおすすめします。
4、理不尽な損害賠償を請求されたら、弁護士に相談
SNSやブログでの投稿や記事が十分な理由もなく誹謗中傷だと言われて、非常に高額な損害賠償を請求されたり訴訟に巻き込まれてしまったりした場合には、すみやかに弁護士に相談してください。
弁護士にご相談いただくことで、当該訴訟自体について、見通しや対応方針についてアドバイスを得ることができます。
そのうえで、不当訴訟やスラップ訴訟であると考えられるような場合には、反訴の提起についても弁護士に相談することができるでしょう。
相手からの訴えに対応したり、こちらから反訴したりする場合には、「どのような事実関係があるのか」「証拠はどのようなものがあるのか」「法的な観点からは、どのような反論ができるのか」といったことを、個別具体的に検討する必要があります。
早い段階から弁護士に相談することで、ご自身の名誉や財産を守るための、戦略的な弁護活動を受けることができるのです。
5、まとめ
近年では、大企業からのスラップ訴訟だけではなく、個人からのスラップ訴訟や不当訴訟が提訴される事例もみられます。
このような訴訟を提起された場合には、損害賠償請求が認められないように防御するだけではなく、逆に反訴などの方法によって相手に対して損害賠償請求を行うことができないかどうか、検討することも必要となります。
理不尽で不当と思われる訴訟を提起されてしまったような場合には、まずはベリーベスト法律事務所 船橋オフィスにまでご相談ください。
その訴訟が不当であるかどうか、訴訟に対する対抗策などについてアドバイスして、訴訟や反訴をサポートいたします。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています