一人親方は残業代が発生しない? 知っておきたい雇用形態の基本

2023年06月06日
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一人親方は残業代が発生しない? 知っておきたい雇用形態の基本

建設業や林業などの個人事業主として、会社に雇用されずに取引先から業務を受託する人を「一人親方」といいます。

一人親方は労働者と異なり、原則として残業代が発生しません。ただし、会社との指揮命令関係があれば「偽装一人親方」にあたり、会社に対して残業代を請求できる可能性があるのです。

本コラムでは、一人親方が残業代を請求できるのか否か、偽装一人親方の概要や問題点などについて、ベリーベスト法律事務所 船橋オフィスの弁護士が解説します。

1、一人親方には原則として残業代が発生しない

残業代が発生するのは、労働基準法上の「労働者」のみです。
一人親方は「請負」または「業務委託」で働くため、原則として労働者にあたらず、残業代は発生しません

  1. (1)残業代が発生するのは「労働者」のみ

    会社が労働者に対して残業代を支払う義務は、労働基準法の規定によって発生します。
    言い換えれば、残業代が発生するのは、労働基準法が適用される労働者のみです。

    労働基準法が適用される「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業または事務所に使用され、賃金を支払われる者です(同法第9条)。
    「使用される」とは、使用者の指揮命令に服して労働することを意味します。

  2. (2)一人親方は「請負」または「業務委託」|残業代は原則発生しない

    一人親方は、会社と締結する「請負契約」または「業務委託契約」に基づいて仕事を行います。

    ① 請負契約
    請負人が何らかの仕事を完成し、その成果に対して注文者が報酬を支払う契約です(民法第632条以下)。

    ② 業務委託契約
    委託者が何らかの業務を発注し、受託者がそれを受注する契約です。民法には定められていない非典型契約で、仕事の完成を目的とするか否かは契約内容によります。


    請負・業務委託のいずれも、当事者間は対等な立場で契約を締結するものであり、当事者間の指揮命令関係は存在しません。
    したがって、請負人または受託者である一人親方は「労働者」に該当せず、原則として残業代は受け取れないのです。

2、一人親方でも残業代を請求できることがある

会社と一人親方の間に実態として指揮命令関係がある場合には「偽装一人親方」として労働者にあたり、会社に対して残業代を請求することができます

  1. (1)会社との指揮命令関係があれば、労働者(=偽装一人親方)にあたる

    労働基準法上の「労働者」にあたるか否かは、会社との間で締結している契約の名称(雇用契約、請負契約、業務委託契約など)ではなく、実態として指揮命令関係があるか否かによって判断されます。
    したがって、締結しているのが請負契約や業務委託契約でも、実態として会社との間に指揮命令関係が存在する場合には一人親方でも「労働者」に該当するのです

    このように、本来は労働者であるにもかかわらず契約上は請負や業務委託などであると偽装された状態を、「偽装請負」といいます。
    同様に、一人親方を請負人・受託者とする場合には「偽装一人親方」と呼ばれることがあります。
    偽装一人親方が所定労働時間を超えて働いた場合は、会社に対して残業代を請求することができるようになるのです。

  2. (2)労働者(=偽装一人親方)にあたるか否かの判断基準

    偽装一人親方にあたるか否か、すなわち会社と一人親方の間に指揮命令関係があるか否かは、以下のような要素を考慮して判断されます。

    • 会社の勤務規則が適用されているか否か
    • 勤務時間(定時)が決まっているか否か
    • 仕事の進め方や時間配分を具体的に指示されているか否か
    • 勤務場所が指定されているか否か


    契約の名称や契約上の規定だけでなく、仕事(労働)の実態が重要な判断要素となる点に注意してください

3、偽装一人親方の問題点

偽装一人親方として働くことには、待遇面で、①から③のような問題点があります。

  • ① 厚生年金保険・被用者健康保険に加入できない|年金減少・保障不十分
  • ② 労災保険が原則適用されない|特別加入は全額自己負担
  • ③ 残業代が支払われない|収入面での搾取


  1. (1)厚生年金保険・健康保険に加入できない|年金減少・保障不十分

    一人親方は個人事業主であるため、厚生年金保険や被用者健康保険に加入できず、国民年金と国民健康保険に加入しなければなりません。
    そのため、将来得られる年金が少なくなるほか、保険についても保障の範囲や程度が限定されることになるのです。

    会社から独立して仕事をしているのであれば、厚生年金保険や被用者健康保険に加入できないことも、制度上やむを得ないといえます。
    しかし、労働者のような働き方をしているにもかかわらず、偽装一人親方として厚生年金保険や被用者健康保険への加入権をはく奪されている場合には、法律で保障されている正当な待遇を得られていないということになるのです

  2. (2)労災保険が原則適用されない|特別加入は全額自己負担

    会社に雇用されている労働者には労災保険が適用されますが、原則として、一人親方には労災保険が適用されません。
    したがって、もし仕事中や通勤中にケガをしても、労災保険給付を受けることができないのです。

    一人親方でも労災保険に特別加入することはできます。
    しかし、会社が保険料を全額負担する従業員の労災保険とは異なり、一人親方が特別加入する場合の保険料は、全額、一人親方の自己負担となります。
    つまり、労働者のような働き方をする偽装一人親方は、労災が発生した場合に本来であれば受け取れるはずの労災保険による補償を受け取ることができない状態になるのです

  3. (3)残業代が支払われない|収入面での搾取

    一人親方として会社に取り扱われている人には、残業代が支払われないのが通常です。
    しかし、会社の指揮命令を受けて働く偽装一人親方は、本来であれば残業代を受け取る権利があります。

    もし偽装一人親方が残業代を受け取れていない場合には、残業代の未払いが発生していることになります。
    本来なら支払われるべき残業代が支払われていないことは、会社から不当に搾取されている状態ともいえますので、労働者としての正当な権利を行使して残業代を請求しましょう

4、偽装一人親方が残業代を請求する方法

以下では、偽装一人親方が会社に対して残業代を請求する際の、手続きや対応の流れを解説します。

  1. (1)残業代の金額を計算する

    まずは、以下の手順によりって、未払い残業代の金額を正しく計算してください。

    ① 1時間あたりの基礎賃金を求める
    1時間あたりの基礎賃金
    =1か月の総賃金(以下の手当を除く)÷月平均所定労働時間

    <総賃金から除外される手当>
    • 時間外労働手当、休日労働手当、深夜労働手当
    • 家族手当(扶養人数に応じて支払うものに限る)
    • 通勤手当(通勤距離等に応じて支払うものに限る)
    • 別居手当
    • 子女教育手当
    • 住宅手当(住宅に要する費用に応じて支払うものに限る)
    • 臨時に支払われた賃金
    • 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

    ② 残業時間数を集計する
    • 法定内残業(所定労働時間を超え、法定労働時間を超えない部分)
    • 時間外労働(法定労働時間を超える部分)
    • 休日労働(法定休日の労働)
    • 深夜労働(午後10時から午前5時の労働)

    ③ 割増率を適用して残業代を計算する
    残業代=1時間あたりの基礎賃金×割増賃金率×残業時間数


    <割増率>
    法定内残業 通常の賃金
    時間外労働 通常の賃金×125%
    ※月60時間を超える時間外労働については通常の賃金×150%
    休日労働 通常の賃金×135%
    深夜労働 通常の賃金×125%
    時間外労働かつ深夜労働 通常の賃金×150%
    ※月60時間を超える時間外労働については通常の賃金×175%
    休日労働かつ深夜労働 通常の賃金×160%
    ※中小企業の従業員が、月60時間超の時間外労働について割増賃金率を適用されるのは2023年4月1日以降の時間外労働時間に限られます。
  2. (2)実際に残業代を請求する

    残業代の金額を計算できたら、以下のような方法で、実際に会社に対して残業代を請求しましょう。

    ① 会社と交渉する
    会社と直接話し合って、正しい金額の残業代の支払いを求めます。
    会社との合意が成立すれば、審判や訴訟などの法律的な手続きに進行することなく、残業代の支払いを受けることができます。

    ② 労働審判を申し立てる
    労働審判は、労使紛争を迅速に解決するための手続きです。
    裁判官1名と労働審判員2名が、調停または労働審判により解決を試みます。
    審理が原則として3回以内で終結するため、訴訟に比べると速やかな解決を期待することができます。

    ③ 残業代請求訴訟を提起する
    残業代請求権の存在を証拠に基づいて立証したうえで、裁判所に対して残業代の支払いを命ずる判決を求める手続きです。
    労働審判に対して異議が申し立てられた場合には、訴訟手続きに移行することになります。また、労働審判を申し立てず、直接訴訟を提起することも可能です。


    交渉・労働審判・訴訟のいずれによる場合でも、弁護士を代理人とすれば、適正額の残業代を回収できる可能性が高まります

    残業代の不払いにお悩みの一人親方は、お早めに、弁護士までご相談ください。

5、まとめ

一人親方として請負契約や業務委託契約を締結している場合でも、相手方の指揮命令下で仕事をしている場合には「偽装一人親方」にあたり、残業代を請求できる可能性があります。

偽装一人親方として残業代請求を行う際には、請求が成功する可能性を高めるために、弁護士に依頼することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所にご相談いただければ、労働問題に関する経験豊富な弁護士が親身になってサポートいたします。
残業代請求をご検討中の一人親方は、まずはベリーベスト法律事務所にご連絡ください

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