遺棄罪とは、どのようなケースで問われる罪なのか?
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令和4年3月、船橋市に住む男性が暴行を受けたのちに千葉市内のアパートに放置され、死亡した事件が発生しました。逮捕された容疑者は傷害致死罪に加えて「保護責任者遺棄罪」に問われています。
「遺棄」という言葉は、刑事事件のほかにも、家族間の民事事件でも登場することがあります。
本コラムで、法律における「遺棄罪」の意味や関係する犯罪、トラブルに発展した場合の解決策について、ベリーベスト法律事務所 船橋オフィスの弁護士が解説します。
1、「遺棄」とは?
まずは、「遺棄」という用語の意味について解説します。
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(1)遺棄の一般的な意味
「遺棄」を辞書で調べると次のような意味が掲げられています。
- 捨てて顧みないこと
- 置き去りにすること
実際の文章においては、「避難民が遺棄した生活道具」「建物に入ると、家具類が遺棄されていた」といった使い方がされています。
「放置」や「放棄」といった用語と近い意味をもっていますが、やや難解であるうえに法律用語としての性格のほうが強いため、日常生活で登場する機会は多くありません。 -
(2)遺棄の刑事的な意味
刑法における「遺棄」という用語は、「保護が必要な人を移送したり、隔離したりして、保護のない状態にする」ということを意味しています。
刑法第30章には「遺棄の罪」として、遺棄行為を罰する規定が設けられています。 -
(3)遺棄の民事的な意味
民法第770条には、夫婦の一方が離婚の訴えを起こすことができる「法定離婚事由」として「配偶者から悪意で『遺棄』されたとき」と明記されています。
いわゆる「悪意の遺棄」という考え方です。
夫婦には、同居して、互いに協力して扶助する義務があります。正当な理由なくこれらの義務を履行せず、夫婦生活の維持を拒否することが、「悪意の遺棄」なのです。
自分勝手な別居や生活費を渡さないなどの状況を指しますが、あくまでも民事上の問題であるため、犯罪ではありません。
2、遺棄罪とは? 関係する犯罪や典型的なケース
刑法には、遺棄罪をはじめとして、遺棄に関係するいくつかの犯罪が定められています。
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(1)遺棄罪(単純遺棄罪)
刑法第217条に定められているのが「遺棄罪」です。
ほかの遺棄に関する罪と区別するために、本罪を「単純遺棄罪」と呼ぶこともあります。
老年・幼年・身体障害や疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した場合に成立する犯罪であり、法定刑は1年以下の懲役です。
対象となっているのは、高齢・幼齢であったり、身体障害や病気・ケガなどがあったりすることで、自らの力や判断では日常生活を営む動作ができない状態にある人です。
また、親族関係や知人関係などは問いません。
ここでいう「遺棄」とは、相手の場所的な移動を指します。
わざわざ危険な場所へと移動させることを指すため、いわゆる「通りすがりに見て見ぬふりをする」といった状況まで罰するものではありません。
単純遺棄罪が成立する例としては、「認知機能が衰えて帰り道がわからなくなっている高齢者を見つけたので声をかけて自分の車に乗せ、山中に連れて行き放置した」といったケースがあります。
しかし、あえてこのような行為に及ぶことは考えにくいので、単純遺棄罪が適用される状況は極めて限定的だといえるでしょう。 -
(2)保護責任者遺棄罪
ニュースなどで「遺棄」という用語を耳にする場合、そのほとんどは刑法第218条の「保護責任者遺棄罪」にあたる事例です。
本罪は、老年者・幼年者・身体障害者・病者を「保護する責任のある者」が、これらの者を遺棄したり、生存に必要な保護をしなかったりしたときに成立します。
保護する責任のある者とは、自宅療養している高齢者の家族、幼児の親、福祉施設の職員などです。
本罪における「遺棄」には、場所的な移動のほか、危険な場所や状態で放置する行為も含まれると解釈されています。
自活できない幼児を何日間も自宅に放置した、高温になる車内に子どもを放置したといった事例は、本罪の処罰対象となります。
また、会社の飲酒会合などで酔いつぶれた同僚を放置してしまうと、飲酒会合の責任者や介抱を指示された同僚などが保護責任者として責任を問われるおそれもあるのです。
法定刑は3カ月以上5年以下の懲役です。
単純遺棄罪と比べると各段に重い刑が科されることになります。 -
(3)遺棄致死傷罪・保護責任者遺棄致死傷罪
遺棄罪や保護責任者遺棄罪にあたる行為によって保護対象者を死傷させてしまった場合には、刑法第219条の「遺棄致死傷罪」または「保護責任者遺棄致死傷罪」に問われます。
前提として遺棄罪や保護責任者遺棄罪にあたる行為があり、それが原因で重い結果が生じてしまうことを「結果的加重犯」といいます。
法定刑は「傷害の罪を比較して重い刑により処断する」とされています。
これは、保護対象者が負傷した場合は「傷害罪」と、保護対象者を死亡させてしまった場合は「傷害致死罪」と比較して、遺棄罪・保護責任者遺棄罪の法定刑と比べて、上限・下限が重いものが適用されるという意味です。
ここで、各犯罪の法定刑をまとめてみましょう。- 遺棄罪……1年以下の懲役
- 保護責任者遺棄罪……3カ月以上5年以下の懲役
- 傷害罪……15年以下の懲役または50万円以下の罰金
- 傷害致死罪……3年以上の有期懲役
これを「比較して重い刑」を適用すると次のようになります。
- 遺棄致傷罪……15年以下の懲役
- 遺棄致死罪……3年以上の有期懲役(上限は20年)
- 保護責任者遺棄致傷罪……3カ月以上15年以下の懲役
- 保護責任者遺棄致死罪……3年以上の有期懲役(上限は20年)
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(4)死体遺棄罪
刑法第30章の「遺棄の罪」には含まれませんが、ニュースなどでも耳にする機会が多いのが刑法第190条の「死体遺棄罪」です。
本罪は、刑法第24章の「礼拝所及び墳墓に関する罪」に規定されている犯罪で、死体・遺骨・遺髪・棺(ひつぎ)に納めてある物を遺棄した場合に成立します。
ニュースなどで取り上げられる事例としては、殺人を犯したうえで事件発覚を防ぐために被害者の遺体を別の場所に埋めた、といったケースがあります。
法定刑は、3年以下の懲役です。
3、逮捕されるとどうなる? 刑事事件の流れ
遺棄に関する罪を犯し、警察に発覚すると、警察捜査の対象となって逮捕される危険があります。
以下では、警察に逮捕された後の、刑事事件の流れについて解説します。
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(1)逮捕・勾留による身柄拘束を受ける
警察に「逮捕する」と告げられたその瞬間から、逮捕による身柄拘束が始まります。
警察署の留置場に収容されたうえで自由な行動は制限されるので、自宅に帰ることはできなくなり、家族や会社に自由に連絡することもできなくなります。
ここでの身柄拘束は48時間以内とされていますが、警察から検察官のもとへと「送検」されると、さらに24時間を限度とした身柄拘束を受けることになります。
逮捕による身柄拘束は合計で72時間が限界ですが、裁判官が「勾留」を許可すると、さらに10日間の身柄拘束が続くことになります。
また、勾留は一度だけ10日間以内の延長が認められるので、勾留による身柄拘束の上限は20日間となるのです。
つまり、逮捕・勾留による身柄拘束は、72時間以内+10日間+10日間以内の合計23日間以内にわたります。
長期の身柄拘束が予想されるので、社会的な不利益が生じる事態は避けられないでしょう。 -
(2)検察官が起訴・不起訴を決定する
警察に逮捕されても、必ず刑罰が科せられるわけではありません。
勾留が満期を迎える日までに検察官が「起訴」を選択すると、刑事裁判へと発展します。
一方で、検察官が「不起訴」を決定すると、刑事裁判は開かれないので刑罰は科されず、前科もつきません。 -
(3)起訴されると刑事裁判手続きが開始される
検察官が起訴に踏み切ると、被疑者は刑事裁判で審理される「被告人」という立場になります。
逮捕・勾留されていた被疑者が起訴されると、さらに被告人として勾留されるうえに、何度でも延長可能なので、実質的に期限がありません。
この段階からは一時的な身柄拘束の解除である「保釈」の請求が可能ですが、保釈が認められなかった場合は刑事裁判が終了するまで勾留が続くことになります。
刑事裁判の最後には、有罪または無罪の判決が下されます。
有罪の場合は、さらに、事件の内容や事件後の対応などが考慮されたうえで、法定刑の範囲で適切な量刑が言い渡されます。
期限内に不服申し立てをしなければ刑が確定して、刑事裁判が終了します。
4、刑事事件における弁護士の役割
遺棄に関する罪の容疑をかけられてしまった場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
警察官や検察官は、被疑者が遺棄に関する罪を犯したことを証明する立場です。
「罪を犯した」と認めさせるための取り調べや、目撃者の証言、物的な証拠などにより、裁判官に「厳しく罰するべきだ」と主張します。
一方で、容疑をかけられてしまった人は、「罪を犯したのではない」あるいは「遺棄を疑われたが、事情があった」ということを主張して対抗する立場になります。
しかし、法律の専門家でない個人が法的な角度から有利な証拠を集めたり、客観的な主張を展開したりすることは困難です。
弁護士は、刑事事件において容疑をかけられてしまった人が、無実の罪で罰せられてしまったり、不当に重い刑罰を科されたりする事態を避けるためにサポートすることができます。
特に遺棄に関する事件では、「遺棄したのではない」「対象者が危険な状態になるとは予想しなかった」といった点を強く主張することになります。
しかし、捜査機関は「言い訳」や「否認」ととらえて厳しい姿勢で向かってくるでしょう。
逮捕・勾留による身柄拘束の長期化も予想されるので、事態を解決するために、できるだけ早い段階で弁護士に相談してください。
5、まとめ
「遺棄罪」と呼ばれる犯罪には、単純遺棄罪のほか、保護責任者遺棄罪や遺棄致死罪などいくつかの類型があります。
主に問題となるのは保護責任者遺棄罪ですが、遺棄によって保護対象者が死傷してしまえば、厳しい刑罰が科されることは避けられません。
実際に逮捕され刑罰が科された事例も多いため、遺棄にあたる行為があった場合には、速やかに弁護士に相談しましょう。
遺棄に関する罪についてお悩みや不安があるなら、ベリーベスト法律事務所にご相談ください。
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