相続放棄の取消は可能? 取消ができるケースと注意点について

2023年03月06日
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相続放棄の取消は可能? 取消ができるケースと注意点について

裁判所が公表している司法統計によると、令和3年に千葉家庭裁判所に申し立てのあった相続放棄の申述事件の件数は、1万3422件でした。

遺産相続に関しては、「被相続人に多額の借金があるものと思い込んで相続放棄をしたものの、後日になって調べたところ借金がなかった」という事例が起こることがあります。

このような場合、既に受理されてしまった相続放棄を取り消すことができるのでしょうか? また、相続放棄の取り消しを行う際には、どのような点に注意すればよいのでしょうか。

本コラムでは、相続放棄の取消の可否とその注意点について、ベリーベスト法律事務所 船橋オフィスの弁護士が解説します。

1、相続放棄の取消は可能? 取消・撤回・取り下げの違いについて

相続放棄の取消は可能なのでしょうか。
また、相続放棄の取消・撤回・取り下げにはどのような違いがあるのでしょうか。

  1. (1)相続放棄の取消が可能なケースもある

    相続放棄とは、被相続人の財産に対する一切の権利を放棄する手続きのことをいいます。
    主に、被相続人に多額の借金があるような場合に利用される手続きです。

    相続放棄の手続きは、家庭裁判所に対して「相続放棄の申述」という手続きを行い、家庭裁判所に受理してもらうことによって初めて効力が生じるという、厳格な運用がなされています。
    相続放棄の効力が当事者の意思だけで簡単に覆ってしまうと、それを前提に遺産分割手続きを行った相続人や相続債権者に混乱を与えてしまうため、原則として、相続放棄の取消はできません
    しかし、例外的ですが、後述するような「相続放棄の取消ができるケース」であれば、相続放棄の取消ができる場合もあります。

  2. (2)相続放棄の取消・撤回・取り下げの違い

    「相続放棄をやめたい」という場合には、取消以外にも撤回や取り下げという方法をとることができる可能性もあります。
    以下では、それぞれの手段はどのような場合に利用することができ、どのような違いがあるのかについて解説します。

    ① 相続放棄の取消
    相続放棄の取消とは、相続放棄の受理後、効果を否定する方法です。
    相続放棄の取消をするためには、法律上の取消原因があることが必要となるため、簡単に取り消すことはできません。

    ② 相続放棄の撤回
    撤回とは、将来に向かって、過去の行為の効力を消滅させることをいいます。
    取消が「当初にさかのぼり法律行為の効力を失わせる」というものであるのに対して、撤回は、「撤回時点から将来に向かって効力を失わせる」という違いがあります。
    相続放棄の取消においては、相続放棄の受理後でも取消ができます。
    一方で、相続放棄が受理された後に相続放棄を撤回することはできません。

    ③ 相続放棄の取り下げ
    相続放棄の取り下げとは、相続放棄の受理前に申述を取りやめることをいいます。
    相続放棄の取り下げをすれば、それ以上手続きが進められることはありませんので、相続放棄の効果が生じることはありません。


    相続放棄の取消が相続放棄の受理後に行う手続きであるのに対して、相続放棄の取り下げは相続放棄の受理前に行う手続きである、という違いがあります

2、相続放棄の取消ができるケースとは

以下では、相続放棄の取消ができるケースを解説します。

  1. (1)未成年者による相続放棄

    未成年者が法律行為を行うためには、法定代理人である親権者の同意が必要となります。
    未成年者が相続放棄の申述を行い、それが受理されてしまったとしても、親権者の同意がなかった場合には、既に受理された相続放棄を取り消すことができます。

    もっとも、相続放棄の申述の際には、家庭裁判所で申立人の年齢や同意の有無などがチェックされるため、親権者の同意のない未成年者の相続放棄が受理されるということは、実際にはほとんどありません。

  2. (2)成年被後見人、被保佐人、被補助人による相続放棄

    認知症などの影響によって判断能力が低下している場合には、その程度に応じて家庭裁判所の審判によって成年後見人、保佐人、補助人が選任されます。

    成年被後見人が相続放棄をするためには、成年後見人が代理して行わなければならず、被保佐人が相続放棄をする場合には保佐人の同意が必要になります。
    また、被補助人について補助人の同意を要する旨の審判がされている場合には、相続放棄にあたって補助人の同意が必要になります。
    成年被後見人、被保佐人、被補助人がこれらの手続きをとらずに単独で相続放棄の申述をして、それが受理されてしまったとしても、後日にそれを取り消すことができます。

  3. (3)詐欺や強迫による相続放棄

    他の相続人から「被相続人に多額の借金がある」とだまされて相続放棄をしてしまった場合には、詐欺による相続放棄にあたるため、相続放棄を取り消すことができます。

    また、「相続放棄をしなければ家族に危害を加える」などと脅されて相続放棄をしてしまった場合には、強迫による相続放棄にあたりますので、相続放棄を取り消すことが可能です。

  4. (4)錯誤による相続放棄

    錯誤とは、簡単にいえば「勘違い」のことです。
    「被相続人には借金しか相続財産がないと思って相続放棄をしたものの、実は多額の預貯金が存在した」という事例が、錯誤による相続放棄の代表的なケースです。

    このような錯誤による相続放棄の取消については、他の取消原因に比べて取消のハードルが高くなっている点に注意してください
    錯誤の場合には、重大な過失があった場合には取消権の行使が制限されています。
    たとえば、「十分に相続財産調査をせずに、借金しかないと安易に判断をしていた」といったケースでは、重大な過失があるとみなされて、取消をすることが認められない可能性が高いでしょう。

3、取消における注意点

相続放棄の取消をする場合には、以下の点に注意が必要です。

  1. (1)相続放棄取消の申述の手続きが必要

    相続放棄の取消原因があるからといって、当然に相続放棄の取消が認められる、というわけではありません。
    相続放棄の取消をするためには、相続放棄の申述を行った家庭裁判所に対して、相続放棄取消の申述という手続きを行う必要があります。

    相続放棄取消の申述手続きでは、取消原因があることを証拠に基づいて主張立証していかなければならず、聴取のために裁判所への出頭を求められることもあります。
    「他の相続人からだまされた」と主張するだけでそれを裏付ける証拠がない場合は、相続放棄の取消を認めてもらうことはできません。
    しっかりと証拠を収集したうえで、手続きを進めていく必要があるのです

  2. (2)相続放棄の取消には期間制限がある

    相続放棄の取消には期間制限があり、追認することができるときから6カ月間経過した場合または相続放棄から10年を経過してしまうと取消権が消滅して、相続放棄の取消ができなくなってしまいます
    追認をすることができるときとは、取消の原因となっていた状況が消滅したときをいいます。
    たとえば、未成年者の場合には成年に達した時点、詐欺であればだまされていることに気付いた時点などでは、追認をすることができます。

  3. (3)相続放棄の取消が認められたら遺産分割協議のやり直しが必要

    遺産分割協議は、すべての相続人の同意がなければ有効に成立させることができませんが、相続放棄をした相続人がいる場合には、その相続人は初めから相続人ではなかったものとみなされるため、相続放棄をした相続人を除いて遺産分割協議を進めることができます。
    しかし、後日相続放棄が取り消されてしまうとその効果はさかのぼりますので、当初の遺産分割協議は無効となり、やり直しが必要になるのです

    他の相続人が再度の遺産分割協議に応じてくれればよいですが、そうでない場合には、家庭裁判所に遺産分割調停や審判を申し立てなければなりません。

4、相続放棄で弁護士に相談するべき理由

相続放棄は、弁護士に相談をすることをおすすめします。

  1. (1)正確な相続財産調査が必要

    相続放棄の受理後は、例外的な場合を除き、相続放棄の取消ができません。
    被相続人に多額の借金があると思い込んで相続放棄をしたものの、実は借金はなかったというケースでは、錯誤に重大な過失がありますので、相続放棄の取消が認められない可能性が高くなってしまいます。
    また、他の相続人にだまされて相続放棄をしたというケースでも、だまされたということを証明する必要があるのです。

    このような事態を回避するためには、相続放棄をする前にしっかりと相続財産調査を行うことが大切です
    相続財産調査を行い、被相続人のプラスの財産とマイナス財産をしっかりと把握することによって、相続放棄をするかどうかを判断できます。
    財産調査は、専門家である弁護士に依頼することができます。

  2. (2)相続放棄には期限がある

    相続放棄をする場合には、相続開始を知ったときから3カ月以内に、家庭裁判所に相続放棄申述書を提出して相続放棄の申述を行わなければなりません。
    相続人の方は、3カ月以内に相続財産調査を終えて、相続放棄をするかどうかの判断をしなければなりません。
    焦って相続放棄の手続きをしてしまうと思わぬ不利益を被る可能性もあります。

    このような限られた期間内に手続きを進めていくためには、弁護士のサポートが不可欠です。
    弁護士であれば、期限内に相続放棄をすべきかどうかを判断して、適切に手続きを進めていくことができます。3カ月以内に相続放棄を申述することが難しいという場合には、期限の伸長を申し立てることによって、相続放棄の期限を延ばすことができる場合もあります。
    相続放棄をすべきかどうかお悩みの方は、まずは弁護士に相談してみましょう。

5、まとめ

相続放棄の申述を行い、裁判所によって相続放棄の申述が受理されてしまった後では、原則、相続放棄の取消ができません。
相続放棄の取消は、例外的な場合に限って認められる手段であるため、まずはしっかりと相続財産調査を行い、安易に相続放棄をしないようにしなければならないのです。

相続放棄の手続きについて適切に判断するためにも、相続が開始したら、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
相続放棄でお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 船橋オフィスまで、お気軽にご連絡ください

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています